三浦綾子「泥流地帯」・「続泥流地帯」を読んだ。

三浦綾子と言えば「氷点」などで有名で、私も北海道旭川へ立ち寄ったときは「三浦綾子記念館」へ行き、モデルとなったなんたら樹林へも訪れました。
三浦さんの本は数冊ほど読んでいるけれど、ちょっとキリスト教の回し者っぽい部分はさらりと流すようにしてます。

別にキリスト教が嫌いなわけではありませんが私の中の一般論として、たとい自分が良いと思ったものでも人に強く勧めるのは遠慮すべきだと思うのです。人に紹介はするけれど推薦はしない、こういうスタンスで在りたいと思っています。
そういう意味で、三浦さんの本の中でのキリスト教はかなりギリギリな所で、正直またかと思ってしまうときもあります。
しかし、この「泥流地帯」の方はその説教臭さがほとんど無く、「続泥流地帯」の後半部分にちょっとだけ顔を出すぐらいなので、素直に楽しめました。
とは言え、そのストーリーは楽しいどころか全く逆の悲しい出来事ばかりの可哀相な物語です。(乗り物の中で読んでいて、何度か読むのを止めました)

上富良野に生まれた兄弟(および姉妹)が遭遇する受難の数々、もう数え切れないくらいで生き別れや死別はざらです。(もうやーめーてーって言いたくなるくらい)
憎ったらしい敵役も出てきて、罵詈雑言悪態の限りをつくす場面もあり、ドラマだったら根岸季衣さんが演じそうなおばさんも登場します。
まあ、そういう憎まれ役がいるから主人公一家の心の優しさや立派さが引き立つのですが、それにしても現実にもいるあんな感じの、人をけなすことが生き甲斐のような人達って、文句ばかり言っていて人生楽しいのでしょうか?

めげずに生きていく主人公の耕作と兄の拓一(開拓の拓に一番の一と自分で言ってました)なんだか名前の付け方がダイレクトすぎるなぁ(笑)と思ってしまいますが、「続泥流地帯」の噴火後の泥流の跡を開拓する姿は、名は体を表すと言ったところですね。

北海道は何度も行くので出てくる地名もなじみ深く、吹上温泉の近くの十勝岳の噴火の跡へもずいぶん以前に行きましたが、その時までにこの本を読んでいたならもっと感慨深い物も有ったと思います。

度重なる不幸と連綿と続く苦労の中にも、いい人達の言葉や行いに励まされながら生きていく主人公達に、さすがに苦難続きのまま終わらせるのは作者の気がとがめたような最後だったので、読後感はとても良かったです。

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この記事へのコメント

SADA
2006年10月22日 13:19
「泥流地帯」良いですよね。
三浦綾子の小説でもっとも好きな本です。
読むとモチベーションがあがるから時々読み返しますよ。
同じく宗教には興味はないですが。
2006年10月22日 17:42
SADAさんコメントありがとうございます。
確かに、例えば「何でこんな運が悪いんだろう」とか思ったときに想い出すと元気が湧いて来そうですね、日頃の行いが悪いからなんて迷信に過ぎないと思えますから。

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